「長野スタイル」の続き。
応援について、私の今のところの理想形は、次の3点ごとにまとめています。
・声と手拍子
・ゲームのコントロール
・自発性
まず、声と手拍子。
「チームを、選手を応援したい」
その気持ちを、もっともダイレクトに伝えるのが、声と手拍子だと思います。
だから、メガホンやバルーンスティックの音は好みではないし、
ドラムもなくたっていい。
たとえば、コンサートのアンコールで、
アーティストに「もう1曲」との思いを届けるには、
道具を使うよりも、手拍子のほうが届きやすいのでは。
サッカーも同じだと思うのです
次に、ゲームのコントロール。
サッカーの試合を見ていると、
どちらが主導権をもっているかという「流れ」があります。
「いい流れ」のときは持続させ、
「悪い流れ」「拮抗・膠着」のときは、「いい流れ」に変えていく。
応援している側は、パスも、シュートも、ディフェンスもできませが、
選手の力に変えていく「スタジアムの雰囲気」は作れると思うのです。
最後に、自発性。
応援は、だれかの許可を得る必要はありません。
ここぞ、と思えば、だれだってコールやチャントを始めていいはずです。
コールリーダーの発声を待つ必要はありません。
むしろ、「リーダー待ち」の状態を定着化させてしまうなら、
コールリーダーなんて、いない方がいい。
コールやチャントだって、新しいアイデアを出して
「それいいね!」という共感が、サポ一人ひとりに広がればいい。
「長野スタイル」は誰かがプロデュースするものではなく、
クラブ・選手・サポの中の共感が5年、10年、50年積み重なり、
定まっていくものだと考えています。
さて、「お前の行動(呼びかけや、応援のコーディネート)は、上の考えに矛盾してない?」という声が聞こえてきそうです。
コーディネートとか言っているけど、やっていることはプロデュースなんでは?
そこは、現状との折り合いの部分なんですよね。
そのあたりは次回。
応援について、私の今のところの理想形は、次の3点ごとにまとめています。
・声と手拍子
・ゲームのコントロール
・自発性
まず、声と手拍子。
「チームを、選手を応援したい」
その気持ちを、もっともダイレクトに伝えるのが、声と手拍子だと思います。
だから、メガホンやバルーンスティックの音は好みではないし、
ドラムもなくたっていい。
たとえば、コンサートのアンコールで、
アーティストに「もう1曲」との思いを届けるには、
道具を使うよりも、手拍子のほうが届きやすいのでは。
サッカーも同じだと思うのです
次に、ゲームのコントロール。
サッカーの試合を見ていると、
どちらが主導権をもっているかという「流れ」があります。
「いい流れ」のときは持続させ、
「悪い流れ」「拮抗・膠着」のときは、「いい流れ」に変えていく。
応援している側は、パスも、シュートも、ディフェンスもできませが、
選手の力に変えていく「スタジアムの雰囲気」は作れると思うのです。
最後に、自発性。
応援は、だれかの許可を得る必要はありません。
ここぞ、と思えば、だれだってコールやチャントを始めていいはずです。
コールリーダーの発声を待つ必要はありません。
むしろ、「リーダー待ち」の状態を定着化させてしまうなら、
コールリーダーなんて、いない方がいい。
コールやチャントだって、新しいアイデアを出して
「それいいね!」という共感が、サポ一人ひとりに広がればいい。
「長野スタイル」は誰かがプロデュースするものではなく、
クラブ・選手・サポの中の共感が5年、10年、50年積み重なり、
定まっていくものだと考えています。
さて、「お前の行動(呼びかけや、応援のコーディネート)は、上の考えに矛盾してない?」という声が聞こえてきそうです。
コーディネートとか言っているけど、やっていることはプロデュースなんでは?
そこは、現状との折り合いの部分なんですよね。
そのあたりは次回。