2008年04月

ゴールへ一直線

第44回全国社会人サッカー選手権大会 4月29日(火)

AC長野パルセイロ 3-0 アザリー飯田

相手が 私の郷里である飯田ということもあり、
カメラマンを決め込んでました。
自覚してはいましたが、私は写真が下手です。
あらためて、実感しました。

最初は、こんな感じです。

img20080430_1.jpg


時間がたつにつれ、
要田は中盤に下がりがちに。

左は高野、大塚、要田あたり、
右は小田、栗原、大典(or兼子)あたりで、
両サイドを崩していきます。


・・・・


・・・・


で、どうするの?
という場面が、多かったのでは。

崩した後、クロスを上げても、
ゴール前には4、5、6人と相手が守ってます。
マイナスのパスを出しても同じように、引っかかります。

中央でも、あまりの密集のため、パルコースがないので、
仕方なく打つシュートでは、
パンチが効かず、GKに難なくキャッチされます。

と、ここでバドゥが昨年から言っている、
ハーフラインを越えたら、ゴールへ直線的に向かう攻撃ということに、
思い至りました。
今日みたいな、非効率的な攻めを避ける発想なんでしょう。

0429-momi-1.jpg


とはいえ、悲観するような内容ではないし、
どこまでこのチームは伸びるのか、今後が楽しみです。

写真は、籾谷の2点目。左CKからヘッド。

モノより人

彼の持った赤い旗が、ぬれた電柱にくっつき、
火を追いかけて、歩道を並走する彼と電柱の間にいた私にかぶさってきた。
私は、布をかいくぐり、電柱から旗をはずす。
「ありがとうございました」
20代半ばの彼は、私を視線を合わせると、
にこやかに、そして、少し誇らしげな表情を見せ、
きびすを返し、先を急いだ。





たかが、凹面レンズで日光を集めた火が
なぜ「聖火」なんですか?

オリンピックであったり、平和であったり、
関わる人の想いが、集まり、象徴されるからでしょう。

だから、火のために人がいるわけではない。
人がいるから、火に意味がある。

旗のために人がいるわけではない。
人がいるから、旗を誇らしく思う。

国という制度のために、人がいるわけではない。
人がいるから、生きやすいように国がある。

モノや、システム越しに相対するから、人が軽視されるのでは。
「ありがとう」と言ってくれた彼は、
紛れもなく、ひとりの人だった。
昨日集まったのは、一人ひとり、千差万別な想いを抱いた人たちだったはずだ。
その想いと、それを抱く人は、もっと大切にされていい。

それにしては、悲しいことが起こりすぎたと思う。
もっとも、千差万別な想いの中に、
もっと大きな悲しい出来事を背景にしたものもあったのだろう。

傍観することしか、出来なかったのだろうか。
そういう自分は、人を大切にしているだろうか。

「箱」の前提

ほかの方のblogで既報ですが、
19日、福井に着いた私たちAC長野パルセイロサポ一行。
大変フレンドリーな、福井のスタッフに道順を教わり、
入場口への坂を上って、「さあ、行くぜ!」と左に曲がった瞬間、
現れたのがこれ↓
0419fukui-gate.jpg
   
   「Awayの洗礼か!」と色めきたつパルセイロサポ。

   でも、左側のトビラから、出入りできました。

   福井の方を責めてるわけではないですよ。
   こんな、出来事も遠征の楽しみになるわけです。
   そもそも、同一リーグでなければ、
   福井に行く機会は、ほとんどないし、
   実際、私が福井県の土を踏んだのは、19年ぶりでした。


0419tecnoport.jpg
そして、テクノポートの内部はこちら。
この写真では、伝わりにくいかもしれませんが、
正直言って、試合を見にくいスタジアムと感じました。
理由① 専用スタジアムにしては、タッチライン、ゴールラインまでの距離が遠い
理由② スタンドの傾斜が緩い
よって、プレーする選手が、実際以上に遠く見えました。
福井サポの方に伺うと、収容2万人ということで、
J1規格なのですが、実にもったいない。

もったいないと思いつつ、J1規格のスタジアムがあることが、
うらやましくもあるわけです。



AC長野パルセイロのホーム、南長野運動公園総合球技場は、
実にいいスタジアムです。
選手のコーチングの声はもちろん、息遣いも聞こえるような
臨場感が味わえます。
(まだ、足を運んだことのない方は、5月11日に来てください)

しかし、収容人数、公称6000人、実際は4000人のスタジアムでは、
Jリーグの試合は行えません。

ここから先は、仮定の上の話です。
クラブがJFL、Jリーグとステップアップすれば、
スタジアムも、それに応じた規格に改修するなり、
新設するなりしなければなりません。

では誰が、可能性は2つ。
・現在の所有者でもある行政が事業を行う
・株式会社であるパルセイロが、自前でスタジアムを持つです。

でも、行政(具体的に言うならば長野市)も、パルセイロも、
当たり前ですが、打出の小槌を持ってはいません。

では、誰がお金を出すのか?
「税金」か「クラブの事業(商品)に対する支払い(クラブの収入)」の違いがあるにせよ、
結局は私たちです。

開幕戦、2000人の方が集まりました。
でも、スタジアムの改修といえば、
何十億円というお金がかかる事業です。

2000人の楽しみのために、
すべての人から徴収されている「税金」を投入する
大義名分があるでしょうか。

2000人がクラブに落とすお金を積み立てたとしても、
私たちが生きている間では、頭金すら集まらないでしょう。

「だから、無理」。と、ネガティブになるつもりはありません。
解決策はあります。
それは、2000人を2500人に、
3000人に、
さらに5000人、1万人、5万人、10万人。
サポーター仲間を増やしていけばいいんです。

もちろん、単なる動員では意味がないのですが、
10万人それぞれが楽しめる魅力がサッカーにはあると考えています。
魅力を知ってしまった人は、お金を落とすことに寛容になります。
(周囲のみなさん、ならびに自分を観察して)

私たちにできることは、まず、AC長野パルセイロに関心を持ち、
スタジアムに多くの方に足を運んでもらうこと。
次の一歩は常にこれだと思います。

今シーズン中には、「南長野では入りきらない」状態にまで、仲間が集まれるようにしましょう。
簡単です。新しい仲間を、1人が1人ずつ誘えば、
次の試合で4000人オーバーです。

夢物語は、馬鹿にしないで、描いてみるもんだと思います。
そうすれば、いざ本当に実現したときに、
「もったいない」っていう、後悔が少なくなるはずですから。




伝える努力 察する気持ち

昨日のエントリーに、コメントをいただきました。
ちょっと、引用させてください。

>「炎のランナー」は勝ち試合の時、試合終了後に唄ったほうがいいと思います
>福井戦のあの場面では正直言って同点にされる可能性だってあった
>試合終了のホイッスルが鳴るまで何が起こるかわからない
>実際3-1リードの状態から福井は逆転負けしてまった
>普通なら勝ち試合ですよ

言われるとおりだと思います。
のんびり歌って、締めくくれるほど、余裕のある試合なんて、
今後のシーズンで、ほとんどないだろうし、
手拍子などで「選手を鼓舞しながらロスタイムを」、という声もあり、
終了のホイッスルまでは、緊張感を保つ方向がよりよいと考えるようになっています。

もともと、まわりの方が「良くなかった」というつもりは毛頭なくて、
自分の中の違和感を、まとまりなく書いたため、
誤解を生む文章だったかもしれません。

いろいろなスタイルの方の立場を尊重して、
その上で、パルセイロのため力を合わようというスタンスが、
今年の流れのベースだと思います。

でも、「パルセイロの応援」という目的のため、
力を集める必要はあるわけです。
その点から考えると、お互いの立場を尊重することは、
無関心とは違います。

相変わらず回りくどい言い方ですが、
要は、応援をレベルアップしていくためにも、
もっと多くの方と伝え合い、察し合う努力をしなければ、と思いを新たにしました。

選手たちに「もっと声出せ!」と言うこともありますが、
他人事ではないようです。



P.S. >しょうじさん

6年越しの戦友として、真意が分かるような気がして、
言いにくいのですが、いつでもゴール裏に戻ってきてください。
それだけの、許容力のある応援、ゴール裏を
「長野」の仲間と作って行きたいので。

熱すぎず、冷えすぎず・・・・

先日の福井戦の応援について少し。

遠征に行ったみなさん、お疲れ様でした。
特に、逆転した後半10分から30分過ぎにかけては、
いいテンポで押せていたと思うし、
試合前は、遠慮がちだった方も、手拍子を合わせ、
声を出してくださいました。
次のホームでも、ぜひ一緒に応援しましょう。

ただ、今振り返ると、私自身としては、
周りのみなさんと、試合の感じ方が違っていたのか、
応援に対して少し、引っ掛かりが残っています。
熱くなりきれなかった自分への戸惑いとも言えるかもしれません。

まず前半、セカンドボールが拾えないことに
苛立ったし、シュート打てよと思った場面はあったけれど、
攻撃が悪いとは思わなかった。
だから、ハーフタイムの「シュート打て」コールには参加しませんでした。

あと逆転した後、私はそれまでの経過はともかく
「逆転という経過は関係ない。1点リードしており、このまま終われば勝ち点3」
という状況と判断しました。
1-0、2-1と同じです。
だから、ロスタイムには「炎のランナー」で締めようと考えたのですが、
みなさんのテンションとは、合わなかったみたいで、
実際、歌は不発で(全体に広がらず)、
通常のコール主体の応援が最後まで続きました。

2点ビハインドから逆転するには、
「熱い」応援は不可欠だったと思う。
私のテンションの方が、試合にはそぐわなかったのだとも思う。
でも、「熱さ」一辺倒は、いつか簡単に折れそうで不安なんです。

そんな、冷静さと熱さの距離感は、
必要なバランスなのか、それとも、単に中途半端なのか。
悩む意味のあることなのか、それとも、無意味なのか。

そんなことを考えるのも、楽しかったりする
試合2日後でした。
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